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AB型だってわかって、ビックリだったよ
幹代「もうそろそろ解散して10年だし、再結成もいいかもね。もしそういう話がどこかから持ち上がってくればだけど」
真樹「なんか、もっと年をとってからでもいいかなとか思うけど、逆に」
幹代「今8年だから」
真樹「10周年で何かそういう話がでれば、何かできれば面白いかもしれないけどね」
幹代「フリフリの衣装は着れないね」
真樹「着たいね(笑)。当時ファンだった人たちも、もう落ち着いてさ、懐かしいと思うよね、客観的に見ても。なんかそういうので、ちょこっと何かできたらそれはそれで面白いかな」
幹代「今、一日限りの再結成とかよくあるし。おニャン子とか」
真樹「やじゃないよね、全然」
幹代「でもなんか、一緒にやる機会ができれば、4人でも5人でもできれば、それはそれですごく楽しいだろうなと思う。難しいだろうけど」
真樹「そうだね。そういえば、ホームページは、幹代ちゃんはもう長いんでしょ」
幹代「2年ぐらいやってて、もうちょっとでアクセス数が18万ぐらいになるかな〜」
真樹「えー、すごーい」
幹代「ホームページを作ったことで、昔CoCoのときに一緒に仕事していた人たちが、ホームページを見て、仕事くれたりとかあったよ。あの人はどうしてるだろうっていうと、まずホームページから探し始めるから」
真樹「面白そうだね」
幹代「最近リニューアルして、プロフィールの血液型をB型から変えたのね、AB型って」
真樹「そうだよね、調べたらAB型だったんだよね」
幹代「そう。で、AB型って変えたんだけど、やっと今日になって、“幹代ちゃんってAB型だったっけ”っていう書き込みが掲示板にあって、“やっとそういう話になったよ”って思って(笑)」
真樹「ていうか、すごいよね。何年間B型だと思ってたの?」
幹代「28年間」
真樹「なんで途中で一度も気づかなかったんだろうね」
幹代「なんか当時、私はお産婆さんのところで産まれて、ちゃんとした病院じゃなかったの。それで、ここで調べても正確じゃないから、ちゃんと調べなおしてくださいって言われていたらしいの。新生児ってあんまり血液型がはっきりでないらしくて。でもずっと調べたことがなくて。それで、最近うちの弟が献血したら、“俺A型だと思ってたけどB型だったんだよね”ってなって、すぐ下の弟が。“お姉ちゃんもちゃんと検査しなおしたほうがいいよ”っていって。それで検査したらAB型だったの。ビックリだったよ。自分であ然としちゃって」
真樹「雑誌とかでさんざんA型対B型とかいってさ、企画とかやったのにね」
幹代「私、真ん中でした(笑)」
真樹「ほんとね。でもいつも確かにね、中立だったんだよね、意見が。でも、血液型を知らないっていうのはよくあるけど、勝手に作っていたっていうのがすごいよね。性格は変わった? AB型って気づいて」
幹代「どうだろう。でもずっとB型だって母親からも言われていたし、そう認識していたから、母親がB型だから、たぶんそれっぽい性格にはなっていたと思うけど」
真樹「それはそうだと思う。私もCoCoになってから血液型を調べたんだけど、私はずっとBかABだと思ってたの、自分で。だけど、検査したらA型だったのね。そしたらやっぱり几帳面な面をアピールしたくなるもんね(笑)。私A型だからさ、みたいな」
幹代「でもなんとなくね、AB型だってわかって、言われてみるとそういう二面性はあるかもなと思って。つかみどころがないのと、ヘンなところが几帳面だったりとか、ヘンなところがすごいずぼらだったりとか」
真樹「でも、そう言われてみると、血液型にあてはめて考えてみるとそうかもね。なんかすごい繊細で几帳面なところと、すごいドンと構えているところがあるから」
幹代「だから要素が二つあるって感じがして、そう言われてみればそうだったような気もするなとか。私はけっこう単純だから、そういうところはやたらと信じやすいというか」
真樹「そうそう、幹代ちゃんは信じやすいからね。たぶんね、AB型にだまされるよ、すぐ(笑)」
幹代「でも父親がA型で母親がB型だから、その両方の要素を持っていて、環境もあるからとは思っていたのね」
真樹「言ってたよね。取材とかでもさ、家に両方いるし、私がAだし、理恵子もAだし、一緒にいる機会が多いから、A型に近いBだと思うって」
もうみんな大人なんだろうね、私たちのファンだった人は
真樹「私はファンクラブを解散してから、ファンの子と接する機会が全くなかったから、ホームページを始めるのが楽しみではあるけど、でもなんかいろいろ聞いたりすると怖い面もあるらしいよね」
幹代「いろんな人がいるからね」
真樹「でも、せっかく今でもホームページを開いてくれてる子もいるから」
幹代「まきボーのファンのホームページはほんとすごいよ、細かくて。何年の何月何日に何があってとか、全部スケジュールとか載ってる感じ。『電視台』のことを毎回詳しく書いてたり」
真樹「まあ、そういうふうにせっかく今でも私に興味を持ってくれている人がいるなら、接点ができるのはいいかなと思って。でも、解散してから、たまたま仕事でだれかと一緒っていうのはあったんだけど、こういうふうに二人で企画でこうやって出るっていうのは全く初めてだよね」
幹代「うん、今までなかったね」
真樹「ほかのメンバーともないから、けっこう面白いよね」
幹代「ホームページをきっかけに、またファンの人たちに会えるといいよね」
真樹「もうみんな大人なんだろうね、私たちのファンだった人は」
幹代「だから、イベントで、みんなで海外旅行に行ったりしてもいいかもね」
真樹「面白いかもね。私一回さ、CoCoを解散してから、香港にファンの子と行くツアーを企画して行ったのね。やっぱりCoCoのときってウェルカムパーティーとかディナーパーティーとかだけで、ちょこっとしゃべって、質問コーナーとか、写真を撮るぐらいしかやったことがなかったから。フルでファンの人と接するツアーを企画して、だからわりとこじんまりと、バス2台ぐらいで動けるような感じで行ったんだけど、すごい面白かったよ。見たことある子もいるし、初めて会う子もいて、普通に一緒にツアーで観光とかしてるんだけど、最初はちょっと遠巻きで、私の周りがちょっとあいてるのね。食事のときとかも、いるなって感じで、ご飯食べてたんだけど。2日目ぐらいから、普通に話しかけてくるようになって、それでいろんなことを聞かれたり、今まで思ってたことを言われたり、あれは新鮮だった。なるほどねって。面白かった、すごい。だからそういうのもいいかも。せっかくずーっと気にかけてくれるんであれば、そういう機会があるといいかもね」
幹代「最近は、韓国とか台湾の人がうちのサイトを見つけてきてくれるのね。例えば『黄金伝説』をむこうでやってるらしくて、ココリコの遠藤さんが台湾でデビューするって企画があったから、それでやってたらしいんだけど、わざわざ台湾から書き込んでくれたりとか、片言の日本語で書いてあったりとか。そういうのって国境がないから」
真樹「すごいね」
幹代「韓国はね、なにげにCoCoのファンの人がいっぱいいて、CoCoのファンサイトがいくつかあるみたいよ。でももちろん海外のサイトだと何が書いてあるか全然わからないけど。最近は翻訳ソフトがあるから、そういうので“なんちゃって日本語”で書いてあったりするんだけど、おかしいよ、そういうの。そういう子たちも来てくれるんじゃないかなって思う」
真樹「面白そう」
幹代「うちはもうファンクラブはなくなっちゃうんだけど、ホームページだけは続けていくから、とりあえずは。でも最初のころは1か月に1回ぐらいのペースで掲示板に書いてたんだけど、最近は出てきませんねとか書かれて(笑)」
真樹「むずかしいね、けっこう。顔が見えないし」
幹代「だから書きたい放題といえば書きたい放題だし。だけどその分、人付き合いが苦手な人にとっては逆によかったりとかするけど」
真樹「私はホントにしばらく私のファンっていう人に会ってないから、ちょっと楽しみかな」
幹代「すごい新鮮かもね」
真樹「じゃあ、最後に幹代ちゃんから、メッセージをお願いします」
幹代「まきボーのサイトができたということなので、ぜひぜひこれを機に、いっぱい来てもらって、ぜひぜひまきボーにいっぱい興味を持ってもらえればなと思います。いっぱい来てくださいね。うちにもたまには来てください(笑)」
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