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スペシャル対談 大野幹代
まきボーが芸能界の友人をゲストに迎えてトークを繰り広げるこのコーナー。記念すべき第1回のゲストは、アイドルグループ“CoCo”で一緒だった、現在も大の仲良しの大野幹代さんです。幹代さんとまきボーのスペシャルトークは、ココでしか読めません。CoCo当時の思い出話や、今だから言える話など、面白い話題がポンポン出てくるので、楽しんでいってくださいね。4回に渡ってお届けする予定ですが、さっそく《その1》からいってみよー! 大野幹代●大野幹代(おおのみきよ) 1974年6月17日生まれ、東京都出身。身長167cm。血液型AB型。趣味/音楽、映画鑑賞、パソコン、料理。89年にアイドルグループ“CoCo”のメンバーとしてデビュー。94年のCoCo解散後、ソロで活躍中。[オフィシャルホームページ]
《その1》

真樹30になったら子どもが3人ぐらいいると思ってたけど……

真樹「こうやってあらためて話すのって久しぶりだよね」

幹代「そうだね」

真樹「解散してからどれぐらいだっけ」

幹代「解散したのが94年だから、8年ぐらい?」

真樹「8年しか経ってないんだ。もう10年ぐらい経ってるのかと思ってた」

幹代「解散当時は、みんなちょうど20代前半ぐらいで、あっという間だったから」

真樹「そうだね」

幹代「もう30代に手が届きそうな人もいるし」

真樹「私ね(笑)。もうすぐだもん」

幹代「そうだよね。1月生まれだから。もう同級生は30になってる人もいるもんね」

真樹「早生まれだから、得してるの(笑)」

幹代「でも、30代になるからってけっこうかまえたりするけど、意外に何も変わりそうにないね」

真樹「たぶんね、何も変わらないと思う」

幹代「20代後半ぐらいの人って、昔はすごく大人に見えたけど、こうして自分たちがなってみると、“ああ、こんなもんね”っていう感じ(笑)」

真樹「30なんて、ものすごい大人だと思ってたもんね」

幹代「でしょう?」

真樹「絶対もう、間違いなく私は子どもが3人ぐらいいると思ってたもんね。全然間違いだったよ(笑)」

幹代「私は、そのころは、たぶん晩婚だって言ってて」

真樹「そうだよね。だって、だいたい私が一番先に結婚して、仕事をやめて、主婦になってっていう人生設計を立ててたんだけど(笑)。どういうわけだか」

幹代「私は晩婚で、仕事を続けたくって、なんて言ってたけど、なんだかね、やっぱり違うようになるもんだね」

 

幹代今なんていいよね。なんでもありだもんね

真樹「何よりも私は、幹代ちゃんっていうと、一番最初に会ったときに、泣かれたっていうのが一番印象に残ってるな。あのとき、幹代ちゃんはまだ14?」

幹代「そうだね、14歳のとき。まだ誕生日を迎えてなかったから」

真樹「私がまだ16歳で」

幹代「まきボーが、まだ髪を二つに結わえてたときだもんね。その後だもんね、ショートカットが定着して、伸ばしたくても伸ばせなくなって」

真樹「ちょっと伸びるとさ、イメージじゃないからって言われて、サルみたいに髪切られてさ(笑)」

幹代「私は、ずっと髪の毛を伸ばしてなくちゃいけなくて、パーマもいけなくて」

真樹「幹代ちゃんはね、逆にパーマもいけなくて、カラーリングもダメ、みたいなね」

幹代「カラーリングとピアスをしたいって言ったら、すごい勢いでみんなに反対されて、マネージャさんとかに」

真樹「それで、私がガンガンピアスとかつけてて、幹代ちゃんがいつも一緒にいるから影響されてると思われて、みっきーがピアスあけたらさ、“ほらみたことか”みたいに、私の影響だ、みたいに言われて(笑)、すごい怒られたんだよね」

幹代「でもさ、はじめて自分が、そんなささいなことだったんだけど、やりたいって思って、髪の毛を染めるのも、ピアスをあけに行くのも、私がやりたいからやるんだって言い張ったんだよ。たしかそのときは、マネージャーさんも納得してたけど、でも後々までずっとグチグチ言われて(笑)」

真樹「やっぱり末っ子のイメージがあったんだよね。いつまでも三つ編みをした中学生の女の子みたいなイメージがあったから。急激に大人っぽくなっちゃったような気がしたのかな」

幹代「今なんていいよね。何でもありだもんね」

真樹「私たちの時代は厳しかったよね。イメージが先行してたから。言葉づかいとかもさ、雑誌によっては勝手に直されてね」

幹代「そうそう。口ぐせみたいなのは必ず入ってたりとかして」

真樹「私とか、よくすごいぶっきらぼうなしゃべりかたで文章を書かれたりすることがあって、イヤだったな。あの頃はまだ若かったから(笑)」

幹代「私はね、“やっぱし”って言葉が必ず入ってて。口ぐせみたいな感じで言われてたから」

真樹「今ってなんか割り切れるでしょ。私はこのキャラだから、あえてこっちで行こうとか。でも、17、8のときってね、やっぱりかわいく見られたいから。あるとき、衣装が短パン、タンクトップでさ(笑)、すごいイヤだったな」

 

真樹と幹代かしこくなかったね、私たち(笑)

真樹「私たちは、他のアイドルをライバル視するようなことはあんまりなかったよね」

幹代「当時はでも、なんやかんやグループ同士であったりとか、新しく出てきた子は必ず名前はちゃんと覚えてたりとか、なんとなくそういうのはあったかもしれないね」

真樹「なんか、そんなにライバル視してたつもりはないけど、若い子とか出てきたり、同世代の子とかを見ると、やっぱり意識はしてたかもしれない。特にグループものには敏感だったかもね(笑)」

幹代「そうだね。グループものには敏感だったかもしれないね」

真樹「自分たちもグループだから、なんか“あ、新しいグループが出てきた”みたいなのはあったね。キャラで言ったらこの子は私に近いかな、みたいに、なんとなく通じるものがあって。私はこのグループだったらここなんだろうなとか、そう思ってみると面白いね。でも、歌って踊れるっていうのがメインになってきたときは、それは全く私たちにはできないことだし、全然もう違うなと思って」

幹代「そうだね。もうちょっと踊ったり歌ったりできたら、ああなってるのかな、なんてちょっと思ったりとか」

真樹「私なんて、見た瞬間から無理だなと思った」

幹代「モーニング娘。とかも、私たちとは違うよね」

真樹「みんな私たちよりもプロだと思う。16、7で、今の知識があって、モーニング娘。に入れるチャンスがあったら、やってもいいと思うけど(笑)」

幹代「それはそうだね」

真樹「そう、計算しつくしてね。今のアイドルの子とかは、わりと自分のキャラクターを確立して、ちゃんと自分で作って、自分でコントロールしてるからプロっぽい感じがするけど、私たちって、どっちかっていうと、自然の流れで、見た目でボーイッシュとかお嬢様とかはあったけど、そんなにキャラを作ってなかったよね」

幹代「そういうのはあんまりなかったね」

真樹「だからもしかして、いろんなことが見えるようになって、“よし、このキャラでいこう”とか思って、グループのメンバー同士みんなで話し合って、このキャラでって役割分担みたいなのをして、そしたらそれはそれで別の形で面白かったかもしれない」

幹代「私たちの時代は、昔のアイドルのイメージをちょっとひきずってたかもね。“アイドルはトイレには行かない”とか」

真樹「最後ぐらいだよね。わりと私たちは自然体だったとは思うけど、それでもやっぱりなんとなくあったね。もちろんみんなの前では好きな人の話なんてしないし」

幹代「“恋なんかしてません”みたいな感じで」

真樹「自分たちが見てきたアイドルがそうだったから、やっぱり好きなアイドルをまねするじゃない。だからなんとなくそういう感じではやってたのかもね。でもそれも計算じゃなくて、自然にだよね、たぶん」

幹代「だけど、今は全然違うじゃない。毒を吐くのは当たり前だし」

真樹「そうだよね。私なんてさ、キャラがボーイッシュだし、仕切りキャラだったから、ラジオとかでわりときついこととかつっこんだりすると、もうものすごい投書が来てね、“いじめないでください”とか」

幹代「すごかったよね。でも今はそうやってつっこんでいったりとか、わりこんでいっておもしろいことを言ったりするのは当たり前みたいな感じで、それが逆におもしろいっていうのばっかりだからね。私、あの中にいたら、ちょっと無理だなって思ったりして」

真樹「そうだよね。そう、すごい覚えてる、私。すごい投書がきたんだもん。“いじめないでください”とか。なんか悪口も書かれてて、最初はへこんだけど、それは途中で、“ま、いっか”って思って割り切れるようになったかな。やっぱり時代なんだね」

幹代「時代だと思う」

真樹「アイドルはつっこみとかいらない時代だったから(笑)。ボケもつっこみもいらない時代で、トークとかもいらないときだから」

幹代「でも、今はしゃべらなきゃ出れないから、出ていかないとみたいな、出てなんぼでしょ、みたいな感じだよね。だってモーニング娘。を見てても、“私あの人のあれがいい”ってうらやましがってるところの姿が妙にかわいくて、それがその次からうけちゃったりとかしてるし。『うたばん』見てると、タカさん(注・とんねるずの石橋貴明さん)がうまくひっぱりだしてる感じもするけど、そういうのもさ、一人ずつ順序良くキャラを出していって、だんだん人気があがってきたみたいな感じがするよね」

真樹「えらいよね」

幹代「みんな、頭いいんだなってすごい思う」

真樹「かしこくなかったね、私たち(笑)」

幹代「うん(笑)」

真樹「でも、『うたばん』みたいな番組って、私たちのころはなかったよね」

幹代「うん、なかった」

真樹「『スーパージョッキー』の歌のコーナーとか、『ミュージックステーション』とか、鶴瓶さんの『びんびんハウス』の歌のコーナーとか、何かの番組の歌のコーナー。別にトークはそんなになかったし」

幹代「『トップテン』にはちらっと出たよね」

真樹「『トップテン』は出た。『夜ヒット』も出た、2回ぐらい。でもすぐ終わっちゃうんだよね、歌番組が。当時はバンドブームと、セクシーアイドル系グループのブームだったから」

幹代「TバックスとかCCガールズとか、すごいいっぱい出てきたよね」

真樹「あとは『イカ天』だっけ。バンドがいっぱい出てきたときで、ほんとにアイドルがいなくて、アイドルが出る番組もほんとになくて」

幹代「なくなってきちゃったよね」

真樹「だから雑誌だよね。雑誌とコンサート」

幹代「それでも、最後のほうまで、けっこう『ミュージックステーション』とか出させてもらってたから。その後、最後はBSの『アイドルオンステージ』でアイドル独自の番組ができたし」

真樹「歌う機会が、『アイドルオンステージ』があったからけっこうあったけど、あれがなかったら、たぶん歌う機会はすごい少なかったと思う」

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